日本国憲法では第二十二条第一項で居住移転の自由が保障されており、日本国民は住所や居所を定めたり、それを自由に移転したりすることができます。
その原則からいえば、本来は生活保護受給者であっても自由に住所を移すことができるはずです。しかし、生活保護受給中は住所移転が認められないこともあります。
引っ越しすること自体の自由は保証されていますが、生活保護受給を続けながらという場合は、生活保護受給者としての制限があります。
ここでは、生活保護を受けている方が、生活保護の受給を続けながら引っ越しするケースを前提として解説します。
1.生活保護受給中の引っ越しには許可が必要
生活保護制度は、憲法第二十五条で定める生存権を保障するために制定された制度です。、日本の国民であれば、誰でも困窮した際に「健康で文化的な最低限度の生活」を送るための支援を受けることができます。※1
生活保護制度の根拠である生活保護法では、第一条で「…最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする」と定められています。※2
生活の保障だけに目が行きがちですが、生活保護が持つもう一つの大きな目的として自立促進という側面がある、ということを忘れてはいけません。
生活保護受給者にとって面倒だと感じるかもしれない訪問調査や指導などは、全て「自立を図る」ために行われているといっても過言ではありません。したがって今の住居から引っ越しすることが自立につながらないと判断されれば、福祉事務所から認めてもらえない場合もあるということです。
特に県外や市外など(以下「県外」)への引っ越しは、保護の実施機関である福祉事務所の管轄が変わるということになります。生活保護制度自体は全国共通ですが、運用の詳細は福祉事務所によって違う点もあります。
引っ越しをする際には、福祉事務所間での移管手続きが必要になるため、最初に福祉事務所の許可を得ることから始めましょう。許可を得た後は、手続きごとに報告と承認を行いながら引っ越しをします。必ずケースワーカーに相談・報告し、許可を得た上で、次の手続きを進めましょう。
※1出典:e-GOV「日本国憲法 第二十五条」参照:2024.03.09
※2出典:e-GOV「生活保護法 第一条」参照:2024.03.09
2.引っ越し費用が支給される条件とは?
引っ越しを検討する際に、気になるポイントが費用です。生活保護受給中に支給される引っ越し費用と条件について解説します。
①条件を満たす引っ越しは費用が支給される
生活保護受給中は条件を満たした場合に、敷金などの引っ越し費用が支給されます。※3
引っ越しの原因となっている理由が条件に該当する場合は、福祉事務所やケースワーカーに相談する事から始めましょう。
しかし、現在の住居での生活に支障がない場合や個人的な理由での引っ越しは、全額自己負担となります。支給される条件の目安は、住宅に関する深刻な悩みや通勤の交通費が高額になるなど、問題解決に引っ越しが必要となる場合です。
②引っ越し費用が支給される条件
引っ越しの際に敷金などの費用が認められる例としては、以下の18項目が定められており、いずれかに該当することが条件です。※4
・病院から退院する際などに、帰宅する住居がない場合
・家賃が住宅扶助の基準を超えており、引越しを指導された場合
・都市計画などによる立退きが強制された場合
・退職により社宅から転居する必要があるなどの場合
・社会福祉施設などから退所する際に帰宅する住居がない場合
・無料低額宿泊所などから住居での生活に移行する場合
・現在の住宅の管理者から不当な強要や請求があり、転居が必要な場合
・通勤が困難で、引っ越しにより健康の維持や収入の増加が見込める場合
・自然災害や火災により住居に住めなくなった場合
・老朽化や破損などで今の場所に住めなくなった場合
・世帯人員に対して住居があまりにも狭い場合
・身体障害者、高齢者、病気の療養などに住居の構造や設備が適さない場合
・身を寄せている親戚や知人の家から転居が可能になった場合
・賃貸の契約更新を拒絶されたり解約されたりした場合
・離婚などで転居が必要になった場合
・介護を受けるために必要な転居の場合
・やむを得ずグループホームなどの施設に入居する場合
・ストーカーなどの犯罪被害や虐待、DVにより、命に関わる転居の理由がある場合
いずれも収入の増加で自立につながるものや、やむを得ない外部要因による住環境の悪変化や強要など、明確な理由が条件となっています。病気が引っ越しの理由となっている場合に関しては、許可を得るために診断書が必要となります。
③支給される引っ越し費用の種類
引っ越し費用として支給される費用には以下の6種類が該当し、やむを得ない費用として認定された場合に支給されます。※5
・敷金
・礼金
・権利金
・不動産手数料
・火災保険料
・保証料
やむを得ない理由は、以下の4つの条件すべてを満たす必要があります。
・居宅生活が可能な能力がある場合
・敷金が不要な住居を確保できない場合
・生活保護制度以外の制度や援助を活用しても敷金が確保できない場合
・同一の住居に6ヶ月以上住むことが見込まれる場合
基本的には、敷金や礼金が不要な住居を探すことが前提であることがポイントです。
都道府県が指定している居住支援法人に相談するなど、生活保護以外の支援を利用することも視野に入れ、条件に合う転居先を探すことをおすすめします。
④返還された敷金はどうなる?
現在の住居を退去する際に敷金が返還される場合、翌月の収入として認定されます。
しかし、福祉事務所から転居を指示されたケースでは、返還された敷金を転居先の敷金として使用できます。
⑤災害時の引っ越しと対策
近年は、自然災害による住居の被害が増えています。台風や地震だけでなく、異常気象による大雪、集中豪雨での河川の氾濫、竜巻や突風など、これまではあまり見られなかったような被害も発生しています。このような災害によって屋根が破損して雨漏りが酷くなった、壁に穴が開いてしまった、ドアが外れて閉まらない、窓が割れてしまったなどの被害が出たときには、福祉事務所やケースワーカーに相談します。
豪雪地帯では、屋根の雪下ろしにも費用がかかります。自力での雪下ろしが困難な理由がある場合は、住居が壊れる前に福祉事務所に雪下ろしの費用を相談しましょう。「保護の基準」(別表第3の1)に定められた基準の範囲内であれば、雪下ろし費用が、住宅維持費として支給されます。※6
住居の破損を避けるための相談は、生活保護費の削減に繋がるため、危険性を感じた場合には必ず相談しましょう。対策をしても、住み続けることが困難な被害が発生した場合は、引っ越しが認められています。生活保護受給中は、このような急な出費にどのような扶助があるのかを知っておくことが大切です。
※3出典:荘村明彦『生活保護手帳2023年度版』(中央法規出版、2023.10.30)p.343-345
※4出典:荘村明彦、前掲書p.343-345
※5出典:荘村明彦、前掲書p.345
※6出典:厚生労働省「生活保護法による保護の基準」(別表第3 住宅扶助基準、1基準額)参照2024.03.11
3.生活保護受給者が県外に引っ越す時の注意点とは
生活保護受給者が県外へ引っ越しをする場合は、先に述べたように保護の実施機関が変わります。詳細は後述しますが、転居先の福祉事務所が保護の必要性を認めることが前提となる点は注意が必要です。
その判断をしてもらうためには、まず現在の担当ケースワーカーに県外へ引っ越ししたい旨を相談しましょう。ケースワーカーが福祉事務所に持ち帰った上で引っ越しの可否が判断され、県外への引っ越しが認められれば福祉事務所間で事務手続きが行われます。これを実務上「ケース移管」と呼んでおり、転居先の福祉事務所が受け入れ可能と認めれば保護の廃止や改めての申請などをせずに、保護を受けながら新生活をスタートすることができます。
保護の要件自体は変わりませんが、支給日や扶助費の額、一時扶助の申請方法など細かいルールが変わることもあります。転居先を担当するケースワーカーから改めて説明されるはずですが、お互いの信頼関係を構築するために積極的なコミュニケーションを取り、訪問時などに質問してみるのもよいでしょう。また、引っ越し先で賃貸住宅を借りる場合、県内であっても県外であっても物件を探し契約する必要があります。ケースワーカーに引っ越しの相談をする際は、住まい探しのことも忘れないようにしましょう。引っ越しの対応経験が豊富なケースワーカーであれば、有益な情報を得られる可能性もあります。
4.県外へ引っ越し後に生活保護を受けるための条件
県外への引っ越しは、前述のとおり保護の実施機関が変わるということです。引っ越し先の基準を満たしていない場合は、生活保護を受給できません。生活保護の基準は、厚生労働省が定める最低生活費です。
①最低生活費とは
最低生活費は、1ヵ月に必要な生活費を指します。
最低生活費の基準は、世帯の人員構成と地域によって異なります。具体的な基準額は、「級地」と呼ばれる6つの地域区分ごとに定められており、1級地-1である東京23区から2級地-1の埼玉県川越市に引っ越した場合、65歳と62歳の2人世帯では以下のとおり基準額が変わります。
そのため引っ越し先の級地によっては、最低生活費が少なくなることも想定しておく必要があります。
また県外へ引っ越して新たに賃貸住宅を借りる場合は、住宅扶助として家賃相当分が支給されますが、住宅扶助の基準額も級地によって変わため、家賃が引っ越し先の基準内におさまる物件を探すことが必須です。
級地は厚生労働省の公式サイトで確認が可能です。
5.引っ越しが拒否された場合の再申請
引っ越しの相談が拒否され、許可が得られない場合でも引っ越し自体は可能です。しかし、引っ越しを強行する場合は、生活保護法第六十二条で定める「指示等に従う義務」に反していることになります。これは県外に限らず、同じ自治体の中で引っ越しをする場合も同じです。※7
転出時に生活保護が廃止された場合は、転入手続き時に改めて生活保護の申請をする必要があります。
生活保護の申請は、引っ越し前に受給していた生活保護が廃止される日に、住所変更と同時に再申請します。申請から生活保護の決定通知が届くまでは生活保護を受けられないため、手持ちのお金で生計を維持しなければならなくなります。この場合は全くの新規申請と同じ扱いとなり、保護の要否判定・通知まで14日もしくは30日待つ必要が生じます。※8
また、生活保護で引っ越し費用の支給を受けずに引っ越しするには、一般的な最低生活費よりも現金や預金を保有していなければ不可能です。最低生活費以上の現金や預金がある場合、転入先で生活保護の申請が、必ず受理されるとは限りません。その点も考慮して慎重に引っ越しを検討しましょう。
生活保護の決定通知が出るまでの期間の生活費がない場合は、「臨時特例つなぎ資金貸付制度」の利用を検討します。
臨時特例つなぎ資金貸付制度とは
臨時特例つなぎ資金貸付制度とは、生活保護費が支給される日までの生活費がない場合に、現金を貸し付ける制度です。連帯保証人が不要なことが特徴で、10万円を上限として無利子で貸付されます。
臨時特例つなぎ資金貸付制度の実施主体は、都道府県社会福祉協議会ですが、この制度を利用するには、生活保護制度の申請窓口で、生活保護と同時に申し込む必要があります。※9
※7出典:e-GOV「生活保護法 第六十二条」参照:2024.03.11
※8出典:出典:厚生労働省「R5.5生活保護制度に関するQ&A(Q3)」参照:2024.03.11
※9出典:厚生労働省「臨時特例つなぎ資金貸付制度」参照:2024.03.11
6.生活保護の再申請はリライフネットに相談しよう
リライフネットは生活に困っている方の総合的な相談に対応しており、中でも生活保護の申請と住まい探しのサポートに力を入れています。また様々な団体と連携を取ることで、より適した専門機関へつなぐことも可能です。
県外へ引っ越しても引き続き生活保護を受けたい人は、一度リライフネットに相談してはいかがでしょうか。
リライフネットは、全国の都道府県が居住支援法人として指定している法人の1つである、株式会社ホッとスペース東京が共同運営しています。関東圏の一都三県(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)を対象として支援を展開しているため、お住まいの地域が該当する場合は、お気軽にご相談ください。